歯科医学教育発祥之地
今日は「歯科医学教育発祥之地」の話です。
場所は、港区高輪にあります。都営浅草線・泉岳寺で下車し、駅前の「伊皿子坂
(いさらござか)」を上り、忠臣蔵の四十七士で有名な「泉岳寺」を左手に過ぎ、
坂を上った右手にあります。
伊皿子坂は江戸時代、明国人の伊皿子(いんべす)が住んでいたため、ほかに
大仏(おさらぎ)なまりともいわれ、「いいさらう」(意味不詳)からとられたとも言わ
れます。
高山紀斎は米国留学後、ここ芝区伊皿子町に明治23年(1890年)我が国
初の歯科医学校として高山歯科医学院を設立しました。
この学院には後の世界的細菌学者:野口英世も教壇に立ちました。
その後血脇守之助がこれを継承し、東京歯科医学院・東京歯科医学専門学校
・東京歯科大学として現在に至っています。
この地に端を発した「近代歯科医学教育精神」は百有余年を経て脈々と今に
引き継がれています。
「伊皿子坂」上から正面を下ると「魚藍坂(ぎょらんざか)」となり、右手三田方面
に行くと「聖坂(ひじりざか)」となります。高輪は坂の多い街です。
2008年12月19日
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